●達人TOP●まちを元気にする達人への思い●達人一覧表●達人エントリー●達人のStaff●達人の輪

<<< まちを元気にする達人たちFILE001 志村康夫 >>>
 
 

 
子供の頃から、絵が得意で大好きだった。紙とエンピツの代わりに、地面へ蝋石(ろうせき)で絵を描いていた少年時代。とにかく楽しくて夢中だった…。それから何十年かの時が流れ、彼の「夢」は「凧」に乗り、地面から大空へと舞い上がった。

少年の名は「志村康夫」。現在日本で唯一の歌川派を継承する江戸凧の達人だ。
 


■江戸凧との出会い
江戸時代、浮世絵流行の中、一人の庶民が「浮世絵を大空に上げたい!」と思ったのが、江戸凧の始り。その「思い」は、江戸独特の「伝統」という形として現在まで受け継がれている。
 北区は志茂、志村さんの自宅を訪ねた。髭が優しく似合う、小洒落た雰囲気の紳士だ。一般的な「職人」というイメージからは遠く、その語り口には、繊細さと夢見る少年のあどけなさが同居していた。

高校卒業後、講談社専属のデザイン会社に務めることになった志村さんの本業はレタリング。イラストデザインの仕事もこなすなど、大好きな絵も描き続けていた。江戸凧との出会いは1981年、志村さんが32歳の時。江戸職人展で、歌川派凧絵の大名人・橋本禎造氏の凧絵に出会ったのがきっかけだった。
「惚れたんです。それと、『あ、これは自分にも描けるぞ』って(笑)」。誰でも最初は素人なんだから大丈夫!志村さんはそう思い筆をとる。見よう見まねで始めた凧絵。2〜3年間、独学で研究をした。それから更に、橋本氏の講習会に通っては必死に技を磨く。
「特に、江戸凧のこだわりは髭にあるんです。髭が力強く描けてこそ、凧に命が吹き込まれる…」凧絵に惚れ込んだ志村さんは橋本氏に弟子入りを志願するが、「弟子は一切とらない」主義であっため、断念せざるを得ない。それでも修練に修練を重ねた志村さんに、「その時」が訪れる。講習会終了の後、橋本氏は志村さんの凧絵に目を止めポツリと呟いた。「…あと、3年」。橋本氏はその言葉をそのまま絵の隅に書いて、「橋本」と自分の名を書き足した。それが、歌川派凧絵師の唯一の継承者が生まれた瞬間だった。

志村さんの「やる気」と「技」が本物であったことは、現在のその活躍ぶりが十分に証明している。

■「凧絵師」としての「技」
凧絵師の「技」は、絵を描くことだけではない。竹を削って凧骨を作り、本体を作ることも、「技」の工程に含まれる。風に乗りしっかりと空に舞うかどうかは、この凧骨にかかっている。志村さんは、凧作り・凧あげの師匠にも出会う。そして更に2〜3年の歳月をかけて、その「技」を身に付けた。「今となっては、作った凧は必ず空に揚がる。だけどそれは、野球で言えば10割バッターになってしまったということ。どうやれば揚がるか?そう必死で試行錯誤していた時が、今思えば一番幸せで楽しかったんじゃないかな(笑)」。志村さんは冗談交じりに語りながら、もの作りの過程にある「喜び」を伝えてくれた。


■原風景としての「時代劇」
 「小さい頃、人に連れられて東映の時代劇をよく観に行ってました。もちろん今でも大好きです。僕が近未来の風景よりも、江戸風俗・文化の懐かしい情景に強く惹かれてしまうのは、そういう背景があるからかもしれません」。志村さんは、その様な原風景への憧れを大切にするとともに、伝統に固執することなく常に江戸凧による新しい表現を求めている。そこに、今を生きる「職人」のバランス感覚を強く感じた。


■夢のキャンバス
志村さんの夢は、荒川の水門の上空いっぱいに、江戸凧が舞い揚がること。実際に、TV局からの企画として、またはイベント仕掛けでそれを実現させようとする誘いはある。だが、志村さんはそれにはあまり興味がなさそうだ。「そういう形じゃ、僕の気持ちは引いちゃうと思う。なんていうか、しみじみとゆっくりこの思いをが伝わって広がって行って、百年後くらいに実現すればとても素敵なことだと思う。」。一過性に過ぎない様な形で実現させるのではなく、「技」とともに、大切な「思い」をしっかりと伝えて行きたい。その言葉に、志村さんの「職人」の表情が垣間見えた。
 
地面がキャンバス代わりだった少年は、いつしか大空に舞うキャンバスを手に入れた。「上空いっぱいに舞う凧」について楽しく語るその瞳は、未だ子供の様に夢中にはしゃいで輝いている。その瞳を見ていて、やっと気がついたことがある。「凧絵師・志村康夫」にとってのキャンバスとは、どこまでも広がる「大空」そのものなんだったと。


取材・文  栗山宗大


 
志村康夫(しむら・やすお)

○昭和24年 東京都北区赤羽生まれ
○〒115-0042 東京都北区志茂5-39-2 
○TEL:03-3901-7667
http://xkantoku.hp.infoseek.co.jp/index2.html