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<<< まちを元気にする達人たちFILE006 岩田芳樹 >>>
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最近はどんどん減ってきている仏壇製造の技術。現在は埼玉県で9件、東京でも14件ぐらいしか残っていないという。今までに5000台以上の仏壇を作ってきたという双子の兄弟、岩田芳樹さんと晴芳さんに会うために、埼玉県川口市にある工場、岩田製作所を訪れる。
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| ■仏壇作りとの出会い
きっかけは父が歳を取って助けなければならなくなったから。物作りの良さは感じていたが、若い時はものになるのかどうかが不安であった。しかししだいに父の老いとともに仕事も商売も覚えないといけなくなる。まず材料の仕入れから勉強し、下請けに気分よく仕事をしてもらうための接し方、物ができれば商社への売り方など様々な面で苦労したという。
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■ この仕事で一番難しい所
一つは紫壇(したん)、黒壇(こくたん)などの渇木と桑やヤク杉などの木の材料の選び方。もう一つは質感をいかに手作りで出すかということ。例えば角の丸みの出し方。仏壇は家具とは違って、後ろから裏まで全部綺麗に塗る、飾り物であるから材料から細部までこだわらなければならないという。 |
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| ■仏壇とは 岩田さんにとって仏壇とは、今の言葉でいうと最大の「癒される」ための物だという。今、生きている人たちはすべてご先祖様のお陰であり、どんな人間でも実は生き残ってきた凄い人なのだ。だから悩んだときにご祖先と語りあう、その精神の安定のために必要なのが仏壇であるという。 もともとは本尊で拝む物が家庭の中に入ってきたのが現在の仏壇であり、そのため仏壇は細工物ということになる。しかし、最近は家具化してきて、素人が安く作ろうとしているため、あっさりした新型仏壇が出てきているが、岩田さんはあくまでも本物の仏壇作りにこだわり続けたいとのことです。 |
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| ■ 東京仏壇の歴史 江戸の仏壇は、徳川家康が1603年に征夷大将軍として江戸幕府を築いて以来の宗教政策による仏寺の建立・発展に伴う必然から生まれたもの。八代将軍の頃に仏寺が繁栄し、一般庶民が仏壇・仏具を求めるようになって今の基礎が築かれる。 しかし唐木仏壇を伝統的な手法で製造する技術は大変な根気が必要で、習得するのに長い年月を必要とするため職人の育成に困難な問題が多い。これをかたくなまでに、伝統的な技術と江戸気質を守り続けている人々が東京仏壇の職人なのです。 |
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| ■ 後継者へ ますますこのような伝統芸能はなくなりつつある。弟子は食べられないかもしれないけど、でも仏壇作りに興味があれば、いつでも来てほしい。何故なら器用な子に会ってみたいから。でも3年はやらないと全体は見られない。物作りの基本は自分で考え自分で作るということで、向き不向きはあるが器用でなくても感性があれば出来るとのことでした。 |
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