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午後4時。アトリエを訪れると、蛍光灯で明るく照らされたデスクで、今日の仕事を終えようとする天野さんがいらっしゃった。「細かい仕事なので、午後は4時くらいで終りです。その代わり朝は早いですよ。」と大きく伸びをしながらリラックスする姿からも、いかに神経集中を必要とする仕事かということがわかる。
 
今は彫金よりもジュエリーの仕事が増えたという天野さん。
午前中に2つくらいのジュエリーを仕上げる。のぐす、たがね、ドリルという工具を使いながら、ダイヤや石をその大きさに従って土台に埋め込んでいく。1.4mmのダイヤを埋めるような細かい作業には、もちろん集中力が必要。ただ穴に石を埋めていくわけではなく、石が落ちないように、“はつる”作業をしていく。石を押さえているのがツメと呼ばれる留め具。この作業が甘いと、石が簡単に落ちてしまう。


■「ひたすら彫る」にもいろいろあるらしい・・・・・・
今はジュエリーの仕事が多いけれども、もともと彫金を中心とした作品づくりをしていた天野さん。彫金は、デザインを自分で考えるところからスタート。枠にはまるようにバランスをとり、デザインを決める。輪郭が決まればあとは、“たがね”という金属用の彫刻刀を使い“彫る作業”へ。ひたすら彫る。彫り方ひとつ、力の入れ方ひとつで、まったく別の作品になる。だからこそ、たがね使いの名手である天野さんは、もともと細かい作業は好きだけど、納得のいく仕上がりになった瞬間が楽しくて、何があってもたがねだけは離さなかった。


■「彫金は、たがねが命。職人は道具管理です。」
たがねも、長年のうちに自分で培った彫金の技術と勘で、自分で作っている。よいたがねでないと、出来上がりの作品の彫り具合や光の反射度合いなどが断然違ってくる。たがねはダイヤモンドで研ぐ。たがねとそれを使いこなす技術。この二つを併せ持っていないと、本当の彫金師とはいえないという。「たがねを研磨屋に頼む人もいますが、それは彫金やジュエリーづくりの醍醐味を半分以上捨ててしまったようなもの。借り物では、本当にいいものはできません。ほかの人のエネルギーが入ってしまうということなので。」と、たがねのことを真剣に語り始めると、天野さんはとまらない。たがね名人の天野さんでさえ、試行錯誤を繰り返し、自分用のオリジナルたがねを作っていくのだそう。どうやら、たがねづくりに熟練しないと、ほんとうの達人とは呼べないらしい。


■全く未経験のジュエリーの世界。でも技術は生きています。
ジュエリー作りは難しい。その種類や、石の留め方など、勉強すべきポイントが多数ありすぎて、注文を受けてから完成までに、毎日試行錯誤の繰り返し。
「たとえば、平らな枠に、四角いダイヤを入れてくれといわれることもあるし、楕円に合わせて彫らなければいけないときもある。でもいつもどうにか、できてしまいます。それは今までの経験と勘からでしょうか。ジュエリー作りの中でも、彫る作業はできるし、技術も磨ける。完成したときの感激は、彫金とジュエリーで変わるということはないですからね。ジュエリーは、機械ではできない細かい作業なので、全部手作業。だから神経を使って疲れてしまうというのはありますが・・・・・・。」

そんな天野さんにも、本当に苦労したという経験もある。
「海外の製品を参考に、これと同じものを作ってくれといわれることが一番大変です。出来上がっている製品の作業工程を紐解く作業は、その過程について想像力を働かせていかなければならない。そのために日々ジュエリーのしくみ研究は欠かせませんね。」
達人は、たがね達人でもあり、作業工程を分析する達人でもある。


■超未来系たがねとは?
普通のたがねでは受け付けない細かい作業を要するジュエリーの発注も少なくない。たがねにもお金をかけていて、ダイヤモンドの砥石で研ぎ、研磨していく。とがり具合やたがねの微妙なバランスは、ダイヤモンドでないとでない。ジュエリーに高度な技術が求められれば、技術はもちろんたがねもそれにあわせたものでないといけない。彫金だけでなく、ジュエリー作りにもたがねは必要とされている。


■息抜きはカメラ。花が好きなんです
花が好きで、カメラをもってよく外出する。それが気分転換でもあり、彫金をするときの、花のデザインにつながってもいる。それを繰り返すうち、花のデザインの美しさ、バランス感覚につながっているのだろう。「動物を彫ってくれという要望もありますが、やはり花が好きで、花一筋でやってきました。これからも花だけだろうなあ。」

彫金の仕事が少なくなっている状況でも、やはり彫る作業が好きだという。
「今は彫金の職人さんはいなくなってきている。私は幸い彫る作業も、石を入れ込む作業もできるので、ジュエリーの仕事も受けられますが、もともと彫るという作業から仕事を始めた人が減れば、ジュエリーの世界でも、美しく彫られたものが減ってきてしまう。それが残念ですね。」

天野さんの次の目標は、「彫る技術をいかにして後世に伝えていくか」。
彫金の講座や教室で、天野先生の姿を見る日はそう遠くないかもしれない。
取材/文 佐藤有香
 
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天野 益次郎(あまの・ますじろう)

彫金歴50年の大ベテラン。もともとは彫金をやっていたが、現在はジュエリーを中心として、いろいろな種類の作品を向き合っている。天野さんの花をモチーフにした壁かけは、光の具合によって美しく反射する。彫る技術の質の高さに唸らされた。
天野さん顔写真