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着物リサイクルの達人/藤本美奈子
着物リサイクルの達人/藤本美奈子
 

 
現在から遡ること20年前、初めて着物の糸をほどき洋服を作ってみた。一度も袖を通されることなく、箪笥の奥に眠っていた着物を、形を変えて絹の良さを生かし、また、自分らしさを組み入れることが可能な洋服として蘇らせたのだった。

それが、藤本流着物リサイクルの始りである。

 

■わび・さびの心

日本の絹織物は、わび・さびの心が息付いている。特に、模様と色使いは他の国々には見られない美しさがある。
大正末期から昭和初期の作品を特に好んでおられる藤本先生曰く、羽裏や着物のすそ模様に上品さが漂っていると。表は真っ黒でちらりと見え隠れする羽裏に贅沢さと心のゆとりが「わび・さび」の真髄をよく表しているという。
その隠れた部分、いや、隠された部分と言いましょうか、その部分の模様と色使いがとても素敵なのですよ、とおっしゃる時の藤本先生の顔が活き活きと輝いていたのが印象的である。
もともと、藤本先生のお母様が和裁をしていた関係で、幼いころから着物に親しんでいた。その当時、越後の方から反物を担いでやってくるおじさんがやってきては、親族が藤本先生の家に集まって品定めをしていた。
その度に、「奇麗だなぁ。」と思いつつも「これをどうにか洋服に出来ないかなぁ」と内なる声が囁いていた。

■洋裁との出会い
お母様が和裁をしているところを見て育った故、自然、和裁へ進むかと思われたが何故に洋裁への道を歩まれたのか・・・
何と、理由は藤本先生が左効きだったため、お母様が右手で教えるときになかなか上手く行かなかったから、だとか。
元来、和裁も洋裁も同等に興味があり好きであった藤本先生。そして、何よりも創ること自体が楽しくて仕方がない、と感じていたので洋裁へ進んでも情熱は衰えることがなかった。
銀行員であった藤本先生は、銀行の洋裁倶楽部に参加する。
そこでは、終業後の数時間を仲間達とわいわい楽しく過ごしながら、自分の好みの洋服を創り出していた。
その時点で、自分で着る洋服は全て手作りであったというから、既製品しか身に付けたことのない私にとっては、魔法使いの世界である。
しかしながら、それだけでは何かしら物足りなさを感じ始めた藤本先生。

次なる行動は・・・


■「いざ学校へ・時同じく一年生」
結婚後は、主婦として母として家庭を守る重要な役に徹するが、自分を表現する何かを持っていたいと思い続けていた。
子育てをしながらも、編み物を始め、フラワーデザインやマタロ人形創りにも趣味の範囲を広げ、創り出すことの楽しさを味わっていた。
勿論、洋裁は常に身近なものとして、手から放れることはなかった。時は、今から26年前。
息子さんが小学一年に入学。と同時に、洋裁の専門学校の一年生になる。
自分には、やはりこの道しか無いと、本格的に洋裁を学ぶ。


■着る人が主役
個性を尊重することをモットーに、8年前に教室を始める。
作り手(生徒さん)の希望に添った物を作り上げる工程。
まず、イメージを聞くことから始まる。それは、着る人があくまでも主役であることを常に念頭に置いている藤本先生のルール。

製作手順としては、まず、生徒さんの選んだ着物からどの部分を効果的に生かし、そして、生徒さんの完成イメージに近づけるように、先生の頭の中でパターン(製図)化することから始まる。
着る人の体形を元に型紙を描く。
その型紙を布(着物)に載せる。
裁断を済ませ、しつけを施す。
仮縫いをした時点で、先生が幾点かの補正の手入れをする。
そして、本縫いに入る。
ここで、藤本先生のこだわり。「既製品との区別」がそれである。
脇や背部分はミシンで縫ってしまうが、襟元のカーブの柔らかさや遊び感覚を表現するために、手縫いを推奨。
全てをミシンで踏んでしまうと、手作りの楽しみとおもしろみを失ってしまう。
だから、生徒さんの間では「厳しい先生」で有名なの、と藤本先生は少しばかりはにかみながらおっしゃった。
それでも、あれだけの生徒さんが集まるというのは、先生が魅力的なのでは?
との問いに、間髪入れず、「いえいえ、みなさん古い着物が魅力なのですよ」と。


■着物は永遠に
日本の正装はやはり着物。すたれることはないでしょう、と藤本先生。
先生は、現在、冠婚葬祭は専ら自作の黒のフォーマル・スーツで出席されるそうです。それは、もちろん着物から作られたもの。
藤本先生曰く、「形を変えたとしても、着物そのもの良さは失われません。そこに、魅力を感じています。ですから、これも一つの着物文化の継承だと思います。」
冠婚葬祭を始め、成人式・新年・七五三など、まだまだ着る回数は減少しても、着る機会は十分残っている現代。
日常生活に密着しているのは、勿論洋服ではあるけれども、独特な「和」の柄を目にすることにより、どこかしら安心感を覚える。やはり「わび・さび」の心が日本人のどこか奥底に根付いているからかもしれない。

取材・文 下瀬 文

 
藤本美奈子(ふじもと・みなこ)

○「衣服研究会着物りふぉーむ」
○東京都北区西が丘1−37−8−416
○TEL:03-5993-2877
○E-mail:minafuji0909@aol.com