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<<< まちを元気にする達人たちFILE017 安達庄之助 >>>
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安達さんが戦後、独立して北区に作った鉄道模型製造販売会社、株式会社安達製作所を訪ねる。元々は外貨獲得の為に始めた商売で、米国などに売っていたのだが、現在では国内での外国製品、特に韓国製品の精密さと技術の高度さに圧倒されはじめている。鉄道模型製造の会社は、今では東京でも箱に詰めて出せるのは他では3社ほどしかなくなったという。そんな安達さんの鉄道模型づくりの今を聞く。
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■ この仕事をはじめたきっかけ 初めは自分一人でつくっていたのだが、戦後の好景気で人も増え、一時期は従業員が50人近くいた時もあり、やがて従業員も10年から15年で独立していき、今は大切な外注先になっているのである。安達さん自身は今では図面を書いて、企画・設計するのが主な仕事になっているという。 |
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| <鉄道模型製作の過程> | |||||||
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■ 一番苦労している点 好きなことをしているから苦労はないが、新しいものを企画して出すのは大変なこと。鉄道模型というものは、一人でつくるのではなくたくさんの人間でつくる作業だかある。会社を始めた頃は自分で企画・設計して、自分で型を作って、パーツを作り、自分で組み立てていたのだが、今では何十人で何社かに分けて、一つのキットを造っているのである。 そしてこれに要求されるのが精密さ。これが年々、厳しくなってきている。お客の求めるニーズが高まり、更に昨今では外国製品、特に韓国製品との競争を余儀なくされているからだという。鉄道模型製作は工賃の塊と言われ、国内の会社になら負けないが、外国の会社には価格でどうしても負けてしまう。そのうえ今では精密さでも驚くほど上がってきているのである。最早、日本で注文を受けても韓国に造らせる会社があるほどである。これは同じ歴史が繰り返されているのであり、日本も戦後もともとは外貨獲得の為の輸出産業として、日本の鉄道模型製造の技術で米国の汽車や貨車を造り、輸出していたのであるが、現在では米国に輸出するどころか、逆に韓国に輸入される側になったのである。今や日本の鉄道模型の8割近くが韓国製品という統計もあり、安達製作所は数少ない日本の会社だという。 |
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■ アダチ製品とは 安達製作所では主にHOゲージの鉄道模型のキットやパーツを販売している。 HOゲージとはレールの幅が16.5mmの鉄道模型で、この単位はアメリカやヨーロッパでも共通である。完成品は今は天賞堂でのみ売っている。キットは通常1万円から10万円の範囲。完成品となると、15万円から30万円ぐらいである。 |
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■ 皆さんに伝えたいこと 鉄道模型の魅力は取り付かれたら、長い、のである。高校で鉄道模型造りに興味を持ち、勤めに出ながら趣味で続け、定年退職しても続けている人は珍しくない。実は鉄道模型製作業界もほとんどが趣味で始めた人ばかりなのである。つくる人、売る人、買う人は皆、仲が良く20年から30年の付き合で、その親密さは親戚以上であり、あまりマスコミを通じて大々的に宣伝とかはしないのである。鉄道模型はしかし30年から40年保存しておくと、販売元が造らなくなるから、骨董品のように価値が出る。趣味でやる人もプロでやる人も技術的には殆ど差がない世界で、安達さんは競争相手が多いという。 |
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■ これからの展開 楽しみで始めた仕事だが、今は楽しみよりも、会社を続けていくことのほうが大事だという。景気が悪いと趣味に使うお小遣いも減るので、鉄道模型製作業界そのものの売れ行きも悪くなる。しかしそんな今でも常に模型にできる汽車や貨車を考え、他の会社が造っていないかを調べているのである。安達製作所は昭和の初め頃の汽車や貨車の鉄道模型が中心なので、同じ製品が過去に別会社から出ていた場合は商品として成立しないからだという。そんな安達さんにも3人の子供がいるのだが、会社の専務である長男以外は、別の業種であり、孫も医学生ということで、跡取にはならないだろうとのこと。会社を守っていくためには必死であるが、なかなか難しいそうだ。 |
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| 安達さんはかつては物造りが好きなのが昂じて会社まで造ったという達人。現在では会社の経営のほうがどうしても気になってしまうのだが、それでも物造りは止められず、雑誌に載せるようの鉄道模型の製作は未だに自ら行っているのである。かつてはPTAの会長や町会長なども務め、地域の活性化に貢献していたのだが、今は経営だけでなく、「鉄道模型を造ることが楽しいし出来たものが走るのを見るのが楽しい」という人たちのために月に土日の4回、「鉄道模型をつくる」という講座の先生をしている。鉄道模型を愛した少年は、80代になった今も、そしてこれからも疑いなく愛し続けていくのであります。 | |||||||
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取材・文 岡田 俊秀
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安達庄之助(あだち・しょうのすけ)
○大正12年12月16日 東京都台東区生まれ |
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