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商店街コミュニティ再生の達人/杉山徳卓
商店街コミュニティ再生の達人/杉山徳卓
 

 
私見で申し訳ないのだが、私がNYにいたときに、友人と「クリエイティブ」とは何かを話したことがある。その結果「細かいデザインにこだわるだけがクリエイティブではない、政治家や企業家も企画を持って動けば、クリエイティブなのである」という結論に達した。もしこの様な考えが正しければ、地域の為にさまざまな活動を行い、地元のことは裏道一本まで知り尽くし、情報を求めてテレビ番組の人が取材に来るぐらいの杉山さんのような、町づくりの達人がいてもいいことになる。今回は物づくりの達人ではないが、コーディネーターとして常に企画を持ち、何かを作り上げようとしている、町づくりの達人に取材をしました。
 

■ 「地域」への目覚め
杉山さんは祖父の代から始めた印刷業を父から受け継いだため、幼い頃から赤羽に生まれ赤羽に育った北区民。赤羽小学校出身の杉山さんは、現在子供も赤羽小学校に通い、必然的に地元への興味がわいていき、地域と結びついていったのだという。
始めは赤羽の商店街の活性化から始る。赤羽はもともとは住民と工場の人とが、混在する町に、商店街が生まれた。昔はこの3つが上手くやっていたのだという。しかしバブル経済の頃から旧来の地域と結びついた人たちと新しく来た人たちへと分かれ、問題を抱えるようになったのだという。杉山さんはそこから、商店街を中心とした「地域」に深く関心を持つようになった。


■ 一番苦労している点
杉山さんがまず勉強したのがマーケティング。商店街の人にもマーケティングに手を出させるようにした。杉山さんのマーケティング論はこうである。戦後は商店街では物がなかったから、物さえあれば良かったのである。バブルの頃までは物を置いていたら売れた。お金も余っていたので、高価でも何もしなくても売れたのである。そのため地域性が徐々に失われていき、バブル崩壊後は土地も下がり、物も売れなくなり、しかし消費者の目は良いままで、この時になってようやく商売に本気で取りこまなくてはといけなくなったと考え始めたのである。杉山さんはバブルのせいでコミュニティと商店街のつながりが薄れてしまい、商店街の人たちの感覚が鈍ってきた、これではいけないと思い、町づくりに参加。98年ごろにバブル崩壊が底を打ったあたりから地域の新しいコミュニティをつくりたいと考え、そこでメディアミックスマーケティングを提唱し、マルチメディアと組み合わせて地元を活性化させようと考えるようになったのだという。


■ 町づくりとは何か
杉山さんは商店街こそ地域のコミュニティの核であり、昔のように旧来の人たちと新しい人たちを共に参加させてつくらせることが本物の町づくりになるのだという。旧来の人たちはローカルコミュニティーと呼ばれ、先祖から代々、商売を続けている人たち。新しい人たちはテーマコミュニティーと呼ばれ、新しいテーマで結びついてきた人たちである。この2種類の人間たちを混じ合わせて、共に地域の為の活動に参加させるべきなのである。現在はインターネットの発達で地域性が失われてきて、別場所でも仕事などができるようになった。その為、地域を愛しても何も帰ってはこないという認識を皆が持つようになった。杉山さんはそこで昔のようにもう一度地域を再認識してもらって、マーケティングをコミュニティの再生のために役立てたいと考えるようになったのである。


■ 様々な町づくり
一つのことを突詰めないし、長くやるのも好きではないという。目的は町のポテンシャルを高めたいということだけ。とにかくこだわることだけは止めようと思ったのである。町づくりとは一つの手法だけではなく、たくさんの手法があるわけで、一つの事業にこだわる訳にはいかないのである。
町のポテンシャルをあげるためには商店街を線から面的に広げるべきだと考えた杉山さん。まず商店と地域住民を繋ぐコミュニティビジネスの展開を構想し、北ケーブルTVと組んで、赤羽地域コミュニティ紙「ポーラスター」を発刊し、赤羽の主に裏通りの店などを紹介し、面的に商店街を広げていく活動をする。他に商店街の活性化としてポイント制度化や「フットサルコミュニティ」など様々なアイディアを発案する。少し前にはパブリックアクセスを提唱し、地域の活動をもっと地元の人に知ってもらおうとする活動を始める。パブリックアクセスの本質は、本物の民主主義でこそできる正しい情報や映像の発信とそれらを正しく受信できることであり、それを大切にしていくべきだと考えることだという。そして北ケーブルネットワーク(株)にも参加し、いろんなメディアを使って情報発信していこうと考える。
現在は東京商工会議所北支部街づくり委員会座長として活動。町づくりは赤羽から北区のイメージづくりを考えるようになる。まず北区の名物を作ろうと思う。実は北区は王子製紙などの用紙の発祥の地であり、地域ブランド研究会を立ち上げてペーパークラフトを名産にしようとして、「紙伝説」などの紙を使ってのクラフトの教室や展示会を行う。また現在は「北区の名品」図鑑で印刷物を作っていく予定。町づくりでは最近、ボランティアなども増え、頼もしく考えているという。

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■ 残した物
実は様々な活動を行う杉山さんだが、失敗も多かったという。しかし残してきた物も確実にあり、ポケットパークなども小さいがその一つである。商店街に大きなマンションが出来、商店街に面した土地をマンションが自転車置き場にしたいと言ったときに、杉山さんは強行に反対。商店街の角地という絶好の場所にマンション専用の自転車置き場では駄目だ、もっと商店街の人のための憩いの場とすべきだと提案。マンションの商社と交渉の末、地域の人が共有するスペース、ポケットパークをつくったのである。杉山さんの努力を知る人は少ないが、現在でも多くの人が利用しているのである。


■ これからの展望
杉山さんは現在40歳なのだが、40は現在参加しているJC(青年会議所)を卒業する年齢でもあり、転換期に来ていると感じているという。一生を60歳と考えている杉山さんは、20前後で仕事を始めたのだが、この時には色々と悩んだという。実は40になる現在も同じく様々なことで悩んでおり、第三ステージに突入して、ライフスタイルまでをも変えたいのである。今の活動では限界を感じてきた、これからは北区という枠をも取り払ったコミュニティー造りが必要なのではないかと考えるようになる。最早、地域を越えて考える視野が必要なのではないか。そんな新たなるライフスタイルそのものを展開していきたいのだという。

40歳になった今、これからは違う形で自分を表現していきたいという杉山さん。一ヶ所にいると澱んでしまうので、常に新しい酸素を求めて場所を移って行きたいのだという。アーティストではないビジネスマンとしてのクリエイター。そんな杉山さんのこれからの活動は多いに楽しみだ。
取材・文 岡田 俊秀

 
杉山徳卓(すぎやま・のりたか)

○昭和38年 東京都北区生まれ
○役職  杉山印刷株式会社 代表取締役
  NPO法人北区地域情報化推進協議会 理事
  BEEP corporation Director
○〒114-0045 東京都北区赤羽2-25-1