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除電の達人/石川舎人
除電の達人/石川舎人
 

 
「ほぉら、もうくっつかないでしょ」「ほんとだぁ〜!すごい」まるで手品のようである。嬉々として実験を披露してくださっているのが、静電気除電器を研究開発している石山舎人さんである。手にしているのは現在、特許出願中の【タコ見知器】。電気を帯びているもの(以下、帯電体)の極性(プラスかマイナスか)、吸着、反発、除電等の作用を検出し、静電気の障災害を防止することを目的とする検査器である。と、記述すると途端に?マークが飛び回る。「これが静電気なんだ、と誰でも見てわかるものを作りたかったんです」クーロンの法則、そういうことを本で勉強してもわからないし、頭に入らない。タコさんのマイナス(−)と白さんのプラス(+)はくっつきますよ。片方だけ除電すれば、離れます。そういうことを判りやすくしてやろうと。「皆に教えてあげて下さい」と一式をプレゼントしてくださった!
 
タコ見知器1 「ほら見てごらん」と怪しい黒色布でさっと拭くとパーっときれいにタコ(?)の足が広がる。
タコ見知器2 同じタコ同士を近づけると、仲が悪いのか両者タコ足が互いに反発する。でも踊っているように綺麗だ。
タコ見知器3 と、今度は白い布を持ち出し、同じく黒布で拭いてからタコに近づけると、なんと運命の人に出会ったかのごとく仲良く寄り添うではないか!
タコ見知器4 ところが、魔法の歯ブラシ(?)でチチンプイプイとタッチすると、あれほど情熱的だった白布とタコは紳士淑女に変身したのであった。
「ところで・・・」と石山さんは、はしゃぐ私に話し始める。
つい先日起こった北海道の石油タンク爆発事故や、名古屋ガソリンタンク爆発、自動車のタイヤ工場での大きな火事等々、あれらが静電気によるものだと聞いたら皆さんは信じられますか?「え?静電気なんかであんな大きな事故が起こるの?」と石山さんの言葉に私も疑惑の声をあげてしまった。静電気というと、誰もが小学校の頃によく下敷きで頭をこすり髪の毛がへばりつくのを楽しんだ憶えがあるだろう。私は結構、電気女の方で、自動車に乗るとき、ドアを開ける時、お約束の様に「ピリピリッ(バチバチッ)」と静電気が起こる。人に触れても「あいたっ」と悲鳴をあげるものだから、たまらない。しかし、そんな程度のかわいいものだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。


■研究を始めたきっかけ
「事故の内、70%は静電気が原因なんです」
昭和23年、戦争から戻った石山さんは、東大の実験室で5年ほど火薬の研究をしていた。ある時、通産省から、火薬を扱う工場や鉱山などの事故が多発しているところの視察を依頼され、現場に出向いた。現場では、事故が起こると、監督は「たばこを吸ったからだろう」と罪もない鉱夫たちを責める。鉱夫は、もちろん無実だが事の起こりを上に説明できない。そこで、現場を見て事実を確認した石山さんは、監督や会社の上部と鉱夫たちの間に入り、「事故の内70%が実は静電気によるものだ」と説明するが、誰も信じなかった。大体、会社の上層部というのは、本で勉強した学者のような人たちが多い。つまり実験の結果のみで現場を知らない、見ない。石山さんの言葉に「湿度が高いと静電気は起きないはず」と反論する。しかし、実際と理論は違うのだ。今は水の中でも静電気は起こる。石山さんは皆の目の前で実験し、これを実証してみせた。こうして石山さんは、鉱夫と上の人たちをつなぐ橋渡しの役目をすることになる。全ては、事故なく安全に作業ができるようにするためだ。そして、昭和29年、通産省の支援で工場を建て、本格的に静電気の研究に取り組んでいった。

■苦節10年
昭和30年、静電気を取るものを発明、また検査する製品を開発する。その名も「自己放電式除電器」。しかし、こんなもので静電気が取れっこない、と10年間誰も相手にしてくれなかった。そんな時、アメリカからコピー機が日本に渡ってくる。製造工場が日本にもできるが、静電気による事故が多発した。従来の除電器はもちろんあるが、高圧除電器でかなり大きいものだし何より値段が高く、50〜200万もした。もっと安く簡単で安全なものを。石山さんの製品が注目された。「来てくれ、是非実験してくれ」片や値段の張る高圧除電器、こちらは電気も何もいらない。すぐに採用が決まった。それからは一月に300万本は出た。銀行の金銭勘定機、改札、コピー機等、何と言っても電気を使うものは全て除電器が必要となる。こうして、米のコピー機(複写機)導入を機に、石山さんの除電器が開発12年目にしてようやく陽の目をみることになったのだ。研究・開発には早くて5年、遅いのは10数年かかる。今や製品の数は20種類を超える石山製作所。現在、どこにもない除電器を東京都と共同開発中であるという。


■「特許」は人に教えるもの
子供のころの夢は、と聞くと「そうそう、14歳で特許を取った」と答え、何やら紙の束を無造作に茶封筒から取り出す石山さん。バサバサッと現れたのは、何と特許と賞状の山である。14歳の時、登山が趣味で、山上でご飯を炊くが、まずかった。美味しく食べたい、その思いから圧力釜を発明してしまったという。「特許は儲けるものじゃない。人に教えてやるもの」こういうものを考えたんだが儲かるか、と知り合いがよく相談にくる。その製品のいいことばかり言っている。「欠点を探したか?」と石山さんは静かに問う。発明するのはわけない。欠点のあら探しをするのが大変だという。

石山家では、いつも子供・孫(31歳)が頭をそろえて新しい製品の粗探し。欠点があると、じゃあこうしようと家族会議。欠点がわからないと良いか悪い分からない、いい発明などできないのだ。おかげで息子さんも、石山さんに負けじと研究を競い、専務として共に仕事をしている。今まで取得した特許でダントツに多いのがやはり火薬関係、静電気関係。数えていたらきりがない。他にもまだまだあるが、友人に譲ってしまっているものもあるという。「作ればいいってもんじゃないですよ」そう言いながら、また無造作に特許や賞状を茶封筒に入れる石山さんであった。


■物事なんでも道楽だと思え
昭和35年に労働大臣からの命令で、労働省がやっている事業全てを回り、危険なところを修理する安全指導員、また労災指導員として約30年も勤める。朝は5時半から実験室にこもり、夜の11時まで出てこない。床につくと1分もたたずに寝息をたてる。寝つきがとても良いそうだ。毎日忙しくて元旦しか休みなし、土日祭日ひっぱりだこの石山さん。現場への思いは変わらず強く、五日市にある工場には、今も毎日通っているという。「道楽でやってるからいくらやっても疲れない。楽しいですよ」来年の2月には91を迎える石山さんだが、そうとは思えないほど元気なお姿である。「嫌々仕事してもだめ。今の人は遊ぶ時間が多すぎてかえって身体を悪くしてるんだよ」御もっともです!


■苦労したこと
「ない。苦労しても道楽だと思ってるから苦じゃないんだよ」ただ、新しいものを作るときは、自分で全工程を作らなければいけない、という。作る苦労を知っていればすぐに対応できる。そうすれば信用してもらえる、ということだ。といっても製品全部を一人で作るわけにはいかないから、試作品は必ず全部自分で。


■ 大切にしている言葉
「嘘はいわない」こと。 人の話はまるまる聞かないで、半分ちょっとで聞くのが良い。「喋り方がうまい人は嘘が多い。真がある人は下手だ」と、とつとつと話される石山さんだった。

取材・文 辰巳 まな

 
石山舎人 (いしやま とねり)

○ 株式会社 石山製作所 代表取締役社長
○ 〒114-0032 東京都北区中十条3-3-17
○TEL:03-3908-0806/FAX:03-3908-8658
○HPアドレス:http://homepage2.nifty.com/1480ss/