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  福祉用具の達人/海波由美子
福祉用具の達人/海波由美子  

 

「ガン治療薬の日本化薬」と言えば、知っている人も多いはず。大正5年設立、長い歴史を持つ日本化薬株式会社は、医薬品をはじめ、農薬や触媒、染料などの化学品、さらに自動車のエアバックを膨らませる点火剤となるインフレーターなどの開発、製造、販売を行っている。そんな医薬品などを主に扱っているこの会社が、なぜ、車いすを販売するようになったのか、社員の海波由美子さんにお尋ねした。


■ 福祉用具開発への参入
名刺をいただき、おや、と目に留まったのが、社名「日本化薬メディカルケアX」。
7年前、医薬品メーカーである日本化薬株式会社は、医療周辺事業ということで、高齢者介護に役立つ福祉用具の販売をするという計画を立ち上げた。社長の命により、経営戦略室が設けられ、プロジェクトチームが結成され、具体的に車椅子など介護用具の製造・販売・レンタル等のヘルスケア事業を実践してきた。そして、昨年の一月には、この事業を集約し、全額出資子会社として、日本化薬メディカルケア株式会社が設立されたのだ。


■なぜ車椅子を開発・製造・販売するようになったか
今や、全国的に販売されている多機能簡易モジュール車いす「GRANDMA−グランマ−」は、独自に開発、改善に改善を重ね、現在の型は三代目という。
<製品紹介>
【グランマ】
「この7年は、長いようで短いようで。やっとここまで来れた。ほっと安心しています」
初期のプロジェクトメンバーは女性4人、その内の一人が海波さんだ。
その当時は、異業種から福祉への参入が流行った時代。後発にあたる新参者に何ができるか、という不安もあった。介護保険が始まる2年前のことである。
まず福祉用具とはどんなものなのか、片っ端から介護の総合カタログを集めて調べた。
カタログを見るのは初めてだった海沼さん。これは何だ、何がいいのか、どんなときに使うのか。写真と説明だけでは実態も用途も分からなかった。
生活に関わる福祉用具はたくさんある。その中でも、ビジネス性のあるものは何なのか。

「最初は、製品を比べると一番いいものが出るのかと思っていましたが、その内、いきついた答えが、『これが一番良い、というものではない』ということでした」

電化製品カメラやパソコン等の電化製品は、機能の面で比べると、これが一番というものが出てくる。だが福祉用具というものは、合わせるポイントが利用する人によって違う。どこで、どのように使うか、目的によっても異なる。機能があれば、その人によって一番いいのかというとそうではないのだ。
「一番」を選ぶ話ではないんだということに気が付いた。

平行して、障害者福祉センターや区の特別養護などの施設を廻り、徹底的なリサーチ活動を行った。新参者には門戸を開かぬのがこの世界であるが、そこは、会社としては社会的に信用のある日本化薬。長年、地域に根ざした活動で北区とは深いつながりがある。まず、工場長を通じて、北区内の福祉関係の方々を紹介してもらい、利用者の声を聞いた。
そこで出たのは「あまり選べない」「デザインが悪い」「日本製は高い」「利用者一人一人が求めるものが違う」「アレンジできるものがいい」「材料や素材を工夫して、現場で使い勝手の良いものを」という現場の声だった。貴重な意見を聞いたというより、利用者のニーズや願いに全く追いついていないという現状を見た。
一通り調べたが、福祉用具の内、どれに絞るかまだ決まっていなかった。他に一般品で代わる物がない、重要度、頻度の高い物は何か?
3カ所、同じ質問でアンケートを取った結果、@ベッドA車椅子Bポータブルトイレの順で代表的な3点があがった。この内、改良の余地があり、日本化薬で取扱いができそうなもの、ということで最終的に残ったのが車いすだった。


■車いすに焦点を絞る
当時の車いすというのは、非常に遅れていた。障害を持つ個人個人に合わせるには、すぐ限界がきてしまう。座り心地はよくないし、サイズ的にも、乗って動いている間は良いが、別の所に乗り移るということに関して、何の工夫もされていない。欧米ではとっくに使われていない物が日本では未だ使用されていた。非常に遅れていたのだ。
そんな状況を知るにつれ、乗っている方が使いやすく、高齢者の自立の助けになるような車いすが普及しなければいけないと考え、さらに、車いす世界で徹底リサーチを行った。
福祉機器展にも何度も足を運び、週に一度の会議で通算1年間の準備の末、車椅子の展示会で、このスタイルのものならいいのでは、というモデルになる車椅子と出会う。98年から日本向けに改良したドイツ製車いすの販売窓口となった。さらに、人々にいいものを安く買っていただくという思いから、オリジナルのものに挑戦する。パイプ一本から、一から作るのではなく、開発の部分を省略し、既存のもので探し出して、目的にあったものを作る。こうして、オリジナルブランド車いす『GRANDMA(グランマ)』の製造・販売を開始した。


■ 製造から販売へ
福祉施設、補助金で建設されている福祉施設の多くは、入居者や介護スタッフが入る前に、福祉用具も含めて、全て揃ってしまう。ここを建てるひとに信念がなければ、安い福祉用具しか手に入らない。病院では、機能性能は悪くとも8、9万の車椅子。いくら性能がよいとは言っても、全て揃っているところに、いきなり20万もする車椅子を、どうぞとは言えない。説得しきれない。また、いちいち対面で、説得して説得して買ってもらうという方法しかとれなかったら、販売広がっていかない。営業所としてお店を出すにしても、人件費も馬鹿にならない。
施設の人は、いいものを知らないということ。これが一番の大きな壁であった。
2000年には介護保険が導入された。情報をカタログなどで流すだけで見てくれる人がいるかもしれない。しかし当時は、制度の中に指定された機種でないとカタログに入れてもらえなかった。そんな時、北区が「グランマ」を福祉用具の対象機具として指定した。それをきっかけに他の施設にもどんどん導入されていったのだ。指定しないまでも、情報は入れてくれるというところも数多くあった。また行政主催の講習会や研修会などで、紹介もしてもらえた。こうして、「グランマ」は福祉の世界で販売ルートを確立していった。


■「グランマ」の目指すもの
コンセプトは、車いすの取扱を開始した当初から一貫して「乗っている人が扱いやすく」、「自立の手助けとなる車いす」ということ。また、「普通のサラリーマンの方でも手が届く程度の価格」この3点を考慮した。
今や様々な福祉施設で導入され、とても好評の「グランマ」。特に評価されているのは、足の部分の取り外しができ、肘の部分がはね上がることで、移乗しやすいこと。また肘掛けは高さが調節できるので、クッションなどで座面の高さが変わっても座位保持しやすいのも特徴の一つ。他にも、車輪の位置や車軸の場所を変えられる為、軽くこぎやすい。
車椅子というのは一般的に、前が少し高く、後ろが低くなっている。車軸を少し前に出し、回転の中心軸を身体に近づければ近づけるほど回転しやすく、軽くこげる。わずか2.5pずらすだけで全然ちがう。押した時にも軽いのだ。「移乗がしやすく、軽く動く」使いやすさに重点を置いている。
レンタルの「グランマ」も、細かいところまで行き届いている。杖ホルダー、安全ベルト、補助ブレーキ、かかとを引っかけて足が後ろに落ちないようにしているものも付属で付いている。後から付け足さなくてもよい。重さも、頑丈さと軽さが程良くミックスされている。海波さんご自身も「自分で作って、自分で使ってもいいか」とおっしゃるほど、満足度の高いものだ。


■今後の改良点は
介護保険になってからは、レンタル業もするようになった
「レンタルというものは、扱ったあとものが戻ってきますから、使用状況や成果が非常によく分かり、製品チェックにもなるんです」
製品的には自信をもって出しているが、もっとこの人に合わせたいと思うと、もっとここはこうしたいという希望がたくさん出てくる。それをやっていこうとすると、一からの開発になってしまう。部品一つ変えるだけでも耐久性は変わる。今度やりたい希望の部分というのは、フレームの形自体を変えないとできない。そうすると設計のし直し、部品を調達し直しということになってしまう。開発・調査のし直し。そういうことを考えると、今輸入されている、また販売されている車椅子の部品を組み合わせてやった方が、早いし、コストもかからない、というわけだ。そういう意味で、現在はコストを抑えるために、サイズのバリエーションがなく、あくまで「簡易」モジュール式となっているが、これを将来的には完全なモジュールタイプに改良して、利用者本人の身体にぴったり合う車いすを提供したいと考えている。
「もしかしたら、まだ改良点が見つかるかもしれない」
常に、自己満足に陥ることなく、利用者本位を貫く姿勢である。


■今後の課題
色々なところを調整してあげて、具体的に調整し上がったものをレンタルするというのが目標だが、まだまだ現場がそこまで成熟してきていないというのが目下の課題である。
工具を使って、その人に合わせた設定をしてあげるという作業が必要な車椅子。いわゆるモジュール(単元)車いすと呼ばれる。色んな部品を単元ごとに取り付けることで、サイズなり機能性なりを付け足していける。せっかく色んなところを調整できる技術を持っているのだが、それに対して、利用者にその車椅子を勧めてくれる立場の、今、介護保険の中でいうとケアマネージャーさんが、そこまで詳しく分かっている方というのは、まだほんの一部だという。今は、こんな車椅子をお勧めした方が、という車椅子とシーティング、フィッティングという事に関しての提案や考え方を、施設の先生方や、理学療養士の方等専門職の方々が、利用者の皆さんに考え方を広めていかなければいけない、という段階。仕事をしながら啓蒙活動も一緒に進めている。


■豊かな暮らしを実現することで、社会に貢献
自社ブランド「グランマ」が完成した後も、初期のプロジェクトメンバーからただ一人残り、車椅子の販売事業に専任で取り組んでいる海波さんは、勤続20年になる。
「車椅子に座って生活をしなければいけない方が、より多くの時間をそこで快適に過ごすこと」これが、海波さんの願いだ。
今まで車いすは単に移動するというのが目的だった。座り心地が悪かったり、こぐのが難しかったりすると、車いすに乗っている時間というのは、苦痛以外の何者でもない。乗り移りが大変だから乗り移りをしない、させない。高齢者同士の介護になってくると、介護する方も乗り移りをさせる力がないから、ヘルパーさんが来たときしか移動ができないという、そんな哀しい現実がある。
「本当はそうではないでしょう」
車椅子で快適に過ごせれば、何か別のことができるようになってくるわけだ。例えば、車いすで旅行に行くだとか、デイサービスに来て色々なレクリエーションを楽しむとか、そういうところに時間を使って欲しい。ある程度、まとまった時間を快適に座れないと、映画も観れないし、書道やお花を活けるにしても、小一時間は快適に座れなかったらできないことだ。食事だってそう。お尻が痛いのに無理して、10分でも身体が辛いから、寝たり起きたりを繰り返しながら、食事をされるというのは、本当に聞いたことがある話だ。
「それでは何のために生きているのかということになってしまう。
生命維持することが目的だなんて、つまらないじゃないですか」
そうじゃない部分が本当はあるかもしれない、ということを一緒に捜していき、そういう生活ができれば、次の事ができる。別のことが見えてくる。喜びも増えてくる。それを分かって欲しい、と切に訴える。

より快適な車いす作りの達人でもあり、
利用者の方々に、豊かな時間を提供する達人でもあるのだ。
 

取材・文 辰巳 まな


 
海波 由美子 (かいなみ・ゆみこ)

日本化薬メディカルケア株式会社 福祉用具部 
福祉用具専門相談員(ヘルパー2級)エリアマネージャー
○〒115-8588 東京都北区志茂3-31-12
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