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<<< まちを元気にする達人たちFILE041 キクチカラー株式会社>>>
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その時、世界は灰色だった… 第2次世界大戦を経過して、戦後、荒れ果てた中に青年はポツンと立っていた。その瞳に映るものは、ただ一面に広がる、色のない世界だった。 色というものが、いかに人を勇気づけ、元気づけるものか、又、いかに人の気持ちを豊かにさせるものかを知った。そう思った時に、色を作るこの仕事は自分の天職だ、と確信したという。この青年こそ、「キクチカラーX」の設立者であり先代社長である、菊池信夫さんの若き姿である。 「昔も今も、この会社の原点は、そこにあります」 今回、取材に応じて下さったのは、浮間工場 取締役 工場長 和田彪さん、第一生産部 部長 松崎義典さん、総務部 課長 宇佐見和夫さん。 皆さん、入社式でこの話を伝え聞いたそうだ。 ■世界のトップメーカーとして 昭和20年以前、無機有彩顔料会社というのは何十社もあったが、現在では、日本国内に数社。中国・日本を除いた世界をみても減少傾向にあるという。 年間4千トンを製造しているが、その内の多くを世界に向けて出荷している。 企業理念を「世界企業 GLOBAL、専門 SPECIALIST、機能性 TEAM」と掲げるキクチカラー株式会社は、国内に1支店2工場、カナダ・中国・アメリカには関連会社を持ち、今や世界中に販売網を広げている。 元々、無機顔料の製造が出発点であるキクチカラーは、今や有彩無機顔料に於いては世界のトップメーカー。顔料には、有機顔料と無機顔料があり、無機顔料の代表的な色というのが赤と黄色。この二色のほとんどをキクチカラーがメイン商品として、一手に引き受けている。その他に合成顔料や、下塗りとして、鉄を錆びないようにする防錆顔料などがある。これらの顔料は、建築建材、車、船舶、カラートタン、建物、道路のセンターライン等々、色々なところで使われている。トレーラー、ブルドーザーの黄色などもそうだ。また空港の航空標識など、目立たなければいけない場所には、キクチカラーの色が燦然と輝いているのである。 ■先達の歩み そんな企業に成長したこの会社も、創設当初は小さな作業場で、人手で作業していた。車などなかった時代、作った顔料を塗料会社まで配達する。店頭で売れるというものではないので、取引先まで100kgの荷物をリヤカーに乗せ、2、3人で押してエッチラオッチラと運んだ。そんな大変な時期もあった。今でこそ、機械作業で粉を乾燥させているが、昔はこの作業が天日乾燥、自然乾燥であった。粉が水の中に入っている状態で不純なものを取り除き、それからろ過して、どろどろの状態にする。それを小さくしてバットのようなトレーに入れ、天日で乾かす。雨が降ってしまうと、覆いをかぶせたり、移動させたり全員総出で大わらわ。粉ができると、お客さまの好む色に合わせる「調色」という工程に入る。これが、なかなか難しい技術で職人技の見せ所である。これも、今の様に機械がやってくれるのでなく、人がえいしょえいしょとスコップで交ぜた。正に天候頼みの過酷な作業なのである。当時の作業の様子は、今でも本社の歴史館に保存されているそうだ。 ■新たな課題乗り越え(大量生産時代から品質重視に) ピーク最盛期は昭和50年頃。ちょうど高度成長期を迎え、それに乗って生産がどんどん増えていった。その当時は、作れば何でも売れる時代だった。税関の通関事務所が会社内にあったというほど、売上げの面では、嬉しい悲鳴だったようだ。しかし、ピークを過ぎると、序々に生産量は減ってきた。世の中が、品質(耐候性・耐薬品性・耐熱性)の良い製品を求め始めたのだ。 今後、どのようなスタンスで製品を作っていくかという節目にあった。 そして、新しい着色顔料の研究・開発を始め、品質改善に力を注いでいくこととなり、現在の実績を構築していったのである。 光を反射し、薬品もはねとばす、長持ちする顔料を… さまざまな革新をもたらしてきたキクチカラーは、これからもさらなる発展をめざしていく。 ■ 今後の展望 「カラーに係わる仕事、発想の転換が必要になってきます。仕事のノウハウをいかに生かし、ハイグレードのものにしていくか、というのが課題です」 これからの基本戦略は、メイン商品というのを数多く持ち、経験を生かして、新製品の開発に力をいれ、更に技術開発力を強化していくこと。カナダ・中国との連携して、よりグローバル化すること、という2つのテーマに絞られる。 「人に優しく環境に優しい色素を、より安くいいものに」 ■キクチカラーと共に歩んで 「うちの会社は、魅力があります」 勤続30年以上の御三方は、口を揃える。オーナー会社というのもあり、家庭的だった。入社当時でも、課長や大先輩を肩書きでは呼ばず、「さん」づけ。のびのび楽しく仕事ができるフレンドリーな会社だったそうだ。 良かったことは、と尋ねると、今の社長が専務であった時代に一緒に仕事ができたということという。また「色んな事に幅を持って、知識を持って仕事に取り組んで下さい」という会社の考え方、また包容力にやりがいを強く感じ、一つの事に囚われないで色々な捉え方ができたという。 ユーザーの要望・依頼の内容には、ファッション性を考えた色や、企画された色、また物の性質に合わせて色を作ってほしい等、色を指定されることが多い。 「やはりそれは寂しいところもありますね」 自ら新しい色を開発し、この色はいかがですかと提案していける形が技術者としては、やりがいがあるという。 底に眠る職人魂の叫びを聞いた。 応接室には、社長がお好きだという雛菊の大きな写真が飾ってある。 美しい黄の色に自然と心が和む。 「どんな色でもどんな質のものでも、色というものがないと人間の世界は味気ない物になってしまうんじゃないかな」 人々の暮らしを豊かに彩る色の世界は、限りない可能性に満ちている。 その可能性を極めるために、キクチカラーはこれからも、その高度な技で、美の最前線を華やかに演出していく。 |
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| <製造過程> | ||||||
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取材・文 辰巳 まな |
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