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錠前の達人/田中常隆
錠前の達人/田中常隆
 

  日乃本錠前の社員の方々は、街を歩いていても、すれ違う人たちの持つビジネスバッグ、スーツケースなどの錠前が、自社の製品かどうか確かめてしまうのが習慣になっているという。企画の段階から製品化までを見守るだけに、錠前への愛着は深く、品質に対する誇りも大きいのだ。一目で、ぱっと自社の製品だとわかる。
一人一人顔があるように、商品にも顔がある。


■ 日乃本錠前の製品
錠前というと、ガッチャンとはめ込む頑丈な蔵の鍵が頭に浮かぶ。南京錠を一筋に頑張っている職人さんをイメージしていたが、訪れた日乃本錠前では、南京錠だけでなく、かなり幅広くやっておられた。扱っている商品は、スーツケースの錠前が主だが、他にも住宅関係、机の引き出し、ホテルのカード、キャスター、ランドセル、差し込み錠、照明器具や楽器をいれるケースの鍵、ピザ屋のオートバイのトランクの鍵等々、良く見ると色々なところで使われている。鍵のみならず、社員のアイディアで雑貨も開発され、雑誌やTVでも多く取り上げられている「服の神」というコート掛けハンガーなどもある。


■錠前の世界
「我々の仕事は、極めてニッチな部分です」
ニッチとはラテン語から来た「狭い・窪み」という意味。ニッチ・グローバルという言葉がある。大きな分野というのは大手企業がやる。大手が参入しないような、いわゆる窪みのような狭い分野だが、そこを世界視野に広げていけば、それなりの大きな市場がある。
鍵がニッチな部分、世界がグローバルな部分ということだ。先代社長の田中隆さんは、開発型経営がより儲かると考え、当初は海外の鞄錠前を参考として、昭和6年に会社を興し、当時の錠前職人の腕を頼りに商品開発をしていった。限定されていた業界ゆえに、今風のニッチ・トップ志向であった。それはニッチ産業というには程遠いが、まさに小さなくぼみの商売の中で、限られたマーケットのトップを目指すことだった。これは日乃本錠前の「社風」となり、遺伝子(gene)となり、今日に引き継がれてきている。


■激変の時代を乗り越え≪創業から継承≫
鞄の錠前の業界は、ここ10年来、衰退産業といわれて来た。学生鞄を持つ生徒の姿は消え、皮製よりも手軽なナイロンバッグの人気が高い。さらに鞄メーカーの海外への生産の移行による国内生産の空洞化が拍車をかけている。そうしたなか、日乃本錠前が業績を伸ばしてきた秘訣は「簡秀技術」にある。個性的で、簡単で優れた技術によって製品を作る事をモットーとするものだ。カード式やダイヤル式そしてリモコン式やスイカ式(非接触)などそれまでにない錠前の開発をはじめ、住宅用の手摺やドア―ガードなど錠前を作る技術を生かして多種多様な製品の開発に努めてきた。


■飛躍の秘訣とは
高度成長期を経て、良い人材はどんどん伸びゆく大企業に取られてゆき、中小企業では、協力工場の人材不足により、品質管理に事欠き、不良品が多発した。社長は、どうしたらいいかと悩み、考えた。その時にこの「簡秀技術」という結論に行き着いたのだ。設計をしっかりさせて、名人技術がなくても誰でもものが作れて(達人の趣旨とは異なってしまうが!!)機能が抜群のもの、そういうものを作ろうと決意した。社内の技術陣にもその事をよく話して、彼らもその気になり、その方針に沿って会社は動いていった。
「簡秀技術」−シンプルで優秀な技術―「シンプルな機構で、故障しない、さらにはコストパフォーマンス、安全性、環境問題などに優れた技術である」を開発の主要命題とした。この事により、企画・開発・設計の段階で、「あくまで機能は同じだが、使う部品を最小限に留め、できるだけ簡単に組み立てできる事。その際、誤った組み立ての無い設計を心掛ける事 等」を徹底する事になった。設計の段階でかなりの創意工夫が必要になる。ここが達人の域なのである。これにより故障の起きない製品作りが出来、不良品が大幅に減少し、大きな成果が得られるようになった。これは大切なことで、今でも会社の開発の理念となっている。(*東工大名誉教授 森政弘先生の造語)


■メーカーとして、海外へ
しかし、時代の激変は、この事で地位を安定させてくれる程甘くはなかった。開発途上国の追い上げで、類似商品が出回り始めたのだ。皮肉な事に「簡秀技術」による商品なるがゆえに、真似るにはもってこいだった。もちろん特許での保護を最大限試みたが、相手は台湾や中国、保護が追いつかなかった。そこで、「簡秀技術」をもとに、価格競争にも於いても打ち勝つ為に、海外生産を考え、1988年、中国は上海に工場を合弁で設立した。その後、2003年に株式を全額買い取り、独資として、上海日乃本金属有限公司が成立した。こうして海外工場を中心にして「メーカー」へと転身したのだ。

■品質保証とZD運動
当初は海外生産品の品質保証という問題が、会社にとって次なる重要な課題となった。まず、中国の人達に日本製品の品質レベルを理解してもらうことが大切だった。感性の問題でもあった。海外生産の基本を次のように打ち立てる。
(1)不良品を作らせない。(工程管理)
(2)不良品を出荷させない。(出荷検査)
(3)不良品を日本へ入れない。(受入検査)

また、社内の年4回の提案制度の中から、ZD運動が生まれた。「何故不良品が出るのか。無くす為にはどうしたら良いと思うか」といった基本的な質問のアンケート調査を行った。正式名称は「不良撲滅に対する社員の意識調査アンケート」。ZD運動とはZero(無)、Defects(欠点)という言葉の頭文字を取ったもので、欠点(ミスやロス)をゼロにし、技術や生活の向上をはかる運動のこと。つまり、全社員の一人一人の工夫と注意によって仕事のムダ・ムラ・ムリやミス・ロスを無くし仕事の質を良くすること。早く、正しく、楽に安全に働ける環境にして、欠点のない良い商品を造り出し、約束した日に約束した品物を届け、顧客に喜ばれ、信 用を得て会社の信頼を高めるために行う、全社あげての運動となった。それに基づきZDプロジェクトのメンバーが一年がかりで、「開発商品フローチャート」をまとめ、開発から量産初期までのチェックが特に大切なことを、改めて確認した。

■日乃本錠前の目指すもの
・錠前の細かい駆動部分の設計が出来ること。
・規模は小さく、未成熟ながらも有為な人材があること。
「それが、当社のコア・コンピタンスです」他社とは違う独自のものである、ということ。
創業者である父の後を継ぎ、三代目社長となった田中常隆さんは、今年の抱負をこう語る。
「簡秀商品を作り上げるには、高い技術力と感性が必要。いずれ、世代交代をしていかなければならないことを考え、今年は特に『教育』ということに力を入れていきます」
経営の場は、「人間形成の場」であり、「利益追求の場」である。社員の持ち味を最大限いかに引き出すか、社員の自己実現がなされ、生きがいを感じる職場であるかが、問われるべきである、と。社内では、色々な角度から勉強会を開いている。技術的な研修会、取引先の中で非常に人生経験の長けた、技術レベルを持った人を講師に迎え、技術的な研修会や勉強会を月に一度開いている。1年は365日、全ての人に平等に与えられている。だから一日一日を大切に生きていく事により、人として努力の差がそこに出来る。社会にあって大切なのは学歴ではなく、努力して身につけた実力なのだ。
そんな日乃本錠前は、草創期より、「和」の精神を大切に、社員一人一人が生き生きとした心で、毎日の仕事に立ち向かう事を大切にしている。

■明るい社会づくり運動
田中社長には、実はもう一つの顔がある。街との関わりは長く深い。
「北区明るい社会づくりの会」通称「明社」の理事を努める。ここでは、北区を良くしていこうという仲間が集まり、以下の3つの活動の母胎となっている。
(1)「北区雑学大学」エコー広場の責任者を努める。隔週土曜に、開かれる講座。毎回20〜30人は参加する。今やファンが出てきている。4月からは開催場所が田端芸術村に移る予定。
(2)「9.11」9月11日、米国同時多発テロの日を覚え、チャリティーコンサートを主催し、収益金でアフガニスタンに学校を建てようという企画。今年で3回目を迎える。5万ドルという目標を掲げ、コンサートの準備から、出演者の交渉から、皆の理解を得るためにかけずり回った。2003年8月には、5万ドルの援助金により、バーミヤン県のシャヒーダン地区に小学校が完成した。
(3)「4.29」エコロジーキャンペーン。バザーで集めた収益金で、チューリップの球根を買い、公園の一角を契約して借り、そこに近所の老人の会の方々に世話をお願いする。春には、地域の子供たちを集めて「チューリップ祭り」を開き、皆で花が咲いたのを喜ぼう、という素晴らしい企画。今は、お祭りは無くなってしまったが、是非今後も続けて欲しいふれあいの場だ。お祭りは止めてしまったが、活動は今も6カ所続いている。
他にも飛鳥山公園を使ってのリサイクルなどがある。

■子供時代の夢
自分は跡を継ぐものだ、と子供の頃から自然に受け止めていた田中社長。しかし、大学時代、自分の進む道について初めて葛藤を覚える。海外旅行などで世界を見る機会を得、地球の緑の問題など、社会的貢献の仕事をしたいと願うようになった。また国士として世の中を変えたいという思いもあったが、大学で学んでいたのは経営関係、畑違いの分野だった。だが、家業を継いだ後も、ライフワークとして、社会に何か貢献したいという思いが強くあった。それが、今の「明社」の活動に繋がっているのだ。
携わって、もうはや35年の時が経つ。
平日は、社長として会社を導き、土日は、地域の顔となる
「社長は仕事を辞めても、やることがたくさんあっていいですね」
と、よく周りの人に言われるそうだ。

■人を活かすということ
「天の時、地の利は、人の和に如かず」
物事を成すとき、天の時、地の利は必要だ。何かやりたいと思っても、その時タイミングが悪かったら事は成就しない。地の利を得ていないとだめ。それから人の和が乱れていたら、事を興しても成功しない。その中でも特に大事なのが「人の和」である。
「人の和が万事を興し、人の和が財を成す」和気成財
ただ仲良くでなく、さりとて、利益だけを上げろという物の考え方ではない。
互いに高めあっていく関係、それが良きパートナーなのである。
「仕事と職場というのがあって、お互い人間的に成長する会社であって欲しい。目標・夢を社員と共に実現していきたい。いかに自分を含め、会社全体にやる気を起こさせるか、そして社員が顧客満足だけではなく、自己の満足も追求できる社風をつくれるかが課題です」

「安い物をより安く、付加価値の高い商品もより安く」をモットーに、
「顧客から探してくれる企業」を目指す。

「和」の精神を大切に「HINOMOTOブランド」は、これからも日々、進化してゆく。

 

取材・文 辰巳 まな


 
田中 常隆(たなか・つねたか)

○株式会社日乃本錠前 代表取締役社長
○〒114-0024 東京都北区西ヶ原1-19-19
○TEL:03-3910-5553/FAX:06-5907-8888
○東京都北区西ケ原4-22-13
○HPアドレス:http://www.hinomotojomae.co.jp