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彫金の達人/斉藤照英
彫金の達人/斉藤照英
 

 

日暮里駅を出ると、そこは別世界だった。初めて訪れた地、谷中。古い建物が並び、都会の喧騒を忘れられる街である。ここに、斉藤照英さんの自宅がある。


■現代に生き続ける、昭和の香り
家の中に足を踏み入れた瞬間、また驚いた。昭和二年に建てられたこの家には、古くて、なつかしくて、暖かい匂いがする。
「FAXもテレビも無いよ。あるのは電話だけ。今のテレビはおもしろくないしね。」
唯一ある電話も、昔ながらの黒電話。今が、平成であることを忘れて、タイムスリップしてしまいそうだ。けれど、この雰囲気が、妙に心地よくて、思わず笑みがこぼれてしまう。もちろん、携帯電話も持っていない。
「携帯だと、待ち合わせの連絡ができて便利だけど、じーっと待っているのも、いいじゃない。」
斉藤さんの作品は、細かくて、繊細で、且つ力強い。早くて便利、という、現代を象徴する言葉とはかけ離れた空間にいるからこそ、そうした作品が生まれるのかもしれない。しかし、言い換えれば、雑念が多いと、集中できない作業なのではないか。


■現代では、険しく、遠い道のり
細かい作品であれば、完成まで一ヶ月近くかかる。大きさは関係なく、細かければ細かいほど、時間がかかるそうだ。その上、一人前になるには二十年はかかる。彫る前の下地となる絵や、書を極めて、初めて素晴らしい作品が出来上がる。
下絵が下手では、彫る技術が優れていても意味がないのだ。そのため、斉藤さんは、毎日、写生や書道の練習を欠かさない。一つの技術だけでは作品が作れないという難しさから、職人の数は、ぐっと減ってしまった。全滅に近い状況だそうだ。それでも、習いたいという人は多く、芸大の学生も斉藤さんのもとを訪れる。しかし、この道で食べていくことは非常に困難だ。一人前になるまでに、生活を支えなければならないが、手間と時間がかかる彫金を別の仕事をしながら続けることはできない。また、金銭的な問題だけでなく、地道な作業を続けられず、投げ出してしまう人もいる。


■仕事を辛いと感じるのは、他と比較してしまうから?
斉藤さんは、中学を出て、住み込みで仕事を始めたため、彫金を、特別辛い仕事だとは思わず、「他の仕事だって大変だし、仕事って、こういうものだと思ってきたよ。」と語る。確かに、忍耐のいる仕事は、最初から続けていれば比較ができないが、今の若者のように、正規の仕事に就く前に、ある程度気楽なアルバイトなどを経験してしまうと、どうしても、楽な仕事と比較してしまう。食べるのが大変となれば、なおさらだ。
「今は、こういうものにお金をかけなくなっちゃったからね。びっくりさせるようなものを作れば、高くても買ってくれるんだから、やっぱり売れるものを作らないと。」
日本の住宅に、洋室が増えたことも、売り上げに響いているそうだ。壷など、大きな作品もあるが、斉藤さんの作品は、和室に合わせて作られている。やはり、洋風の部屋には、洋風の飾りつけをしてしまうのだろう。しかし、銀の壷は、とてもシンプルで、洋室に置いても、違和感はない。すべてを洋風にするのではなく、日本のものを上手く混ぜるのが、真のお洒落ではないか。

製作中
【展覧会に出す作品を制作中】
 

■作品のモチーフ
彫金と聞くと、「金」を思い浮かべるが、その他にも、銀や銅などを使う。一つの作品の中で、違う素材を組合せて、さらに表現豊かにしたものもある。
作品のモチーフには、花が多いのですか、と聞くと、たけのこや、かたつむりの作品もあるという。
見ると、とてもチャーミングで親しみやすい印象だ。それだけではない、勇ましい虎を描いたものまである。幅の広さに驚いた。それに、同じデザインでも、銀を使ったものと、銅を使ったものでは、印象がずいぶん違う。

銀 【銀】
【銅】 銅
作品 【平面的に見えるが、近くで見ると、
意外と立体的 】
【銀の壷にも、花が彫られている】 壺


取材の途中で、お茶と干し柿をご馳走になった。柿は、農家を営む息子さんが作ったもの。甘くて美味しい。研究を重ねながら、無農薬の野菜作りに取り組んでいるそうだ。どうやら、ものづくりへの愛情は、親から子へと受け継がれているようである。帰り際には、有名人のお墓が数多くある、谷中霊園を案内していただいた。まるで、久しぶりに田舎に帰ってきたような錯覚に陥る、斉藤さんの魔法。それは、家に帰るまで解けなかった。

取材・文 中嶋 真希


 

斉藤 照英(さいとう・てるひで)

○東京都北区滝野川3-56-10
○TEL:03-3910-1929(仕事場)