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<<< まちを元気にする達人たちFILE068 加藤 伸枝>>>
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事務所を訪ね、笑顔で出迎えてくれたのは、濃紺のスーツに白のブラウスを着た女性。「凛」という言葉が似合う、と同時に同じ同性として「格好いい」という言葉をも付け加えたい方。今回紹介するのは、株式会社 東京科学研究所の代表取締役社長の加藤伸枝さん。 ■『株式会社 東京科学研究所』??? 会社名だけを聞いて、一体何を作っている会社なのか想像もつかなかった。 「研究所?ということは、何かの開発に携わっているのだろうか?」好奇心ばかりが膨らんだ。 開発どころか、「必要は発明の母」とは加藤さんのことを言うのだろう。 現在、東急ハンズさんとの取引商品アイテム約1,000種類(仕入れ商品も含む)。それらの商品の生みの親。 会社の名前は、先代の社長が手がけていた商品が芳香剤や消臭剤などのケミカル製品であったことに由来する。 その名前をそのまま譲り受けたものの、加藤さん自身は化学の知識がないと同時に「手づくり」にこだわりを追及した。 ■行動力 もともと、幼いころから作ることが好きだったという。 学生・社会人時代は、自分の衣類などは手作りのものが多かった。 それは、実際に生活の一コマにすぎなかった。加藤さんのお母様は、和裁が得意で加藤さんの大学卒業時の着物と袴を作ってくれたそうだ。 また、大学では国史(日本史)を専攻するなど、「ものづくり」とは異なった学問を習得するも・・・。 やはり、育った環境下の影響からか、「手づくり・ものづくり」への原点に戻って行った。 実際に、自分でデザインをして作り上げた商品を渋谷にある東急ハンズ渋谷店に持ち込む。 先方の担当の方が、気に入って「まずは、10ほど陳列してみましょう。」の一言から始まった。 そして、現在はデザインから素材の提案までを手がける。 東急ハンズのコンセプト、「今までにない商品を。流通していない新しい商品を。」が加藤さんの提案するアイテムと合致。 また、わずか5枚のエプロンに単体のプリントを刺繍は1枚から受注をも引き受けるそうだ。 その細やかさが、「信頼」として培われてきた絆かもしれない。 ■ゼロからの出発と魅力 一つのエプロンを作りあげるのにも、加藤さんには独自のスタイルがある。 それは、10種類以上の素材で、形も異なったものを提案する。 最終的に落ち着いたのが、現在、東急ハンズの従業員の方が着用しているエプロンである。
「お客様に満足して着て頂く。」叉、「従業員の方が着心地良く、動きやすく仕事ができる。」自分が作り上げたものを着て、そして、喜んで貰える。そういう瞬間があるということが何よりも魅力ですね。と、言われる。
■発明から商品化されるまでの工程 まず、見本を作る。パターン起こしから、色、デザインまでを手作業で行う。(現在、デザイン等はマックで起こしているそうだ) 先に述べたように、加藤さんは一つの製品に対して様々なアプローチをする。 例えば、トートバッグについて。素材は、帆布(はんぷ)を使用しても、内側はラミネート加工したものとそうでないものを使用したり。 また、基本色もしくはオフ・ホワイトで、東急ハンズのロゴマークをプリントする位置などに至まで。紐の長さは勿論のこと、紐通しの位置にまで目を向けるのは、「さすがだなぁ」とただ感心するばかり。 わずか、二ヶ所の紐通しの位置を既成の紙袋よりも左右2〜3センチ外側にずらす。 それだけで、布袋は肩に掛けやすい商品に変身する。 商品化はすべて、群馬にある自社工場で作られます。 ここでは、見本作りから商品化まで全て女性による手作業だそうだ。株式会社東京科学研究所の全従業員、群馬の工場も含めて、全て女性。また、配送にあたるドライバーも・・・頼もしい限りだ。 ■これからの展開 高齢化社会になる日本国で、ユニバーサルデザインの商品作り。高齢者でも簡単に脱衣可能な小物(手袋等)もしくは衣類作り。また、実際に、ユニバーサルデザインの商品も開発・商品化済み。例えば、片手の不自由な方用にエプロンを。不自由な方と一言で言っても、不自由な点は個人差がある。同じ手の障害を抱えている人でも、力が入らない、紐が結べない、後ろに手が回らない等。 だからこそ、一人ひとりに合った商品を作ることを目標にしていきたい。 「これから、私も高齢者の仲間入りをするのですから。」と、締めくくりにおっしゃった台詞は、まだ加藤さんには不釣り合いかもしれないが、そういった視点を持った生産者が増えてくれることを望んだ。 ■加藤さんの手がけた・携わっている仕事の数々
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取材・文 下瀬 文 |
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